バスに揺られて

それは美しい夜だった。欠けた月が西の空に輝き、冬の匂いと春の匂いが混ざり合う二月。まだひんやりと冷たい風に吹かれて、駅前のロータリーでバスを待っていた。列車から降りたサラリーマンや学生、そして旅行者が忙し気に構内から出てくる。煌々と灯りは灯っているものの、外は藍色の闇に包まれていて、人々の顔は見えない。ただシルエットの動く様子から、表情や心の様子を推し量ることはできた。私の待っている路線バスは、10分遅れてもまだやってきそうになかった。信号が青に変わる度にどっと流れてくる車の中に、象のように巨体を揺らせながらやって来るバスが混ざっていないか目で追う。待っている間、闇の中で、ぼんやりとしている時間が好き。夕暮れ時の行き交う人々の姿に、自分の生活を投影することが好き。到着したバスに乗り込み、いつものシートに座る。山の方へ向かう最終バスに乗る人は少ない。ほぼ貸し切り状態の中、先に乗っている馴染みの方と、ひと言二言お話する。読んでいる本について、休みの過ごし方について、仕事のことについて・・・その方が疲れて眠っている時には、声をかけない。バスは轟音を立てながら進んでいく。労わるように選ばれた言葉の会話と間に癒される。バスを下車するときに、お疲れ様でした。気をつけてと声をかける。そんなひと時が心地良い。いつものように決まった言葉たちは優しく、定型句のような詩的で美しい響きを感じる。

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