果報は寝て待つ

縁あるとはこのことなのかもしれない。思わぬところから扉が開く。固定観念を捨てて、開いた扉から新しい世界へと小さく一歩踏み込んでみる。「果報は寝て待て」ということわざが好きだ。果報は待ってはいけないのだ。そこから離れて、ノック、またノック、そしてまたノック・・・少しずつ扉を叩く。そこに数年いや、十数年の時間的なスパンが必要なこともある。その間に、私は自分のやるべきことを淡々と果たしていればいい。その間に機は熟し、扉は開く。急いではいけない。待ってはいけない。

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