女は男に好きな香りは何かと尋ねた
男はそうだなと呟き、しばらく宙を見つめて考え
人工的なものよりも自然の香りが好きだなと答えた
雨上がりの森の中の香りとか
満ち潮のときの海の匂いとか
月の美しい夜の金木犀の香りとか
悲しい出来事に出会ったあとの林檎の香りとか
女はそのあとに続くように
恋をしているときに食べる白桃の香りとか
言葉を覚え始めた幼子の髪の匂いとか
もらった恋文の青いインクの匂いとか
ローズガーデンでキスをするときの耳の後ろの匂いとか
そうつけたした
男は喉を響かせながら
パーソナルカラーがあるならパーソナルフレグランスもあるよね
そして微笑みながら
君のパーソナルフレグランスは
夕陽の見える丘の、夕桜の三分咲きの頃の花の香りだね
女は男に微笑み返し
あなたのパーソナルフレグランスは
新月の夜明け前の樟若葉の香りかな
男は女に未来を、女は男に過去を話したくなった