霧に包まれた朝

この世界の美しさを考えるときに、宇宙の果てしなさや、すぐ手の届きそうなところにある山や海の夜に見せる、すべてを飲み込みそうな闇の深さに思いを馳せ、一人ぼっちであることを思い知らされる。例えすぐそばに愛する人がいたとしても、何を思い、どこへ向かおうとしているのかすら分からず、今の私には、その愛する人すらもそばにいない現実に打ちのめされる。そして、やるべき任務を果たす、最後までやり抜くという、また違ったミッションに思いをすり替えて、現実を生きようとしている。しかし、夜更けに降った雨の上がった朝に、霧に包まれたひんやりと冷たい空気に触れたときに、そんなことすらもどうでもいいという爽やかさに満ちたり、起き抜けに入れた「海辺にて」と名のつくコーヒーを入れて飲んだ時に、喉元で酸味と甘みと渋みが音階となって、潮騒の響きを奏でるとき、足し算でも掛け算でもなく、引き算で人生を見つめようとしている自分に出会う。難しい物理や数学の計算で捉えられる世界の原則も、単純な引き算だけで考えられる不思議。自分が思っているような人生を歩めなくて、いつか死が訪れて、この世からいなくなる恐ろしさや、だれにも愛されずに孤独に生きる不安にさいなまれる時でも、不思議な体験に導かれて、自分でも思ってもみないような出来事や人にめぐり合えると信じている。深い喪失感と引き換えに、やってくる次のステージ。それを受け入れるか受け入れないかは自分次第。引いては寄せ、引いては寄せるこの世界を全身で受け止めてみたい。

2件のコメント

  1. こんにちは、くぅさん☆
    いつもたくさんコメントありがとう。
    共感して頂けて、うれしいです(^^)
    失ってからではないと、得ることができないものって
    たくさんあるような気がします。
    捨てる神あれば、拾う神あり。
    このことわざが好きです☆

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  2. 深い心情の世界を 浅いところで 共感するようで
    申し訳ないんですが 私も そう思う部分あります。
    以前は がむしゃらに 何かを得ようと頑張ってたんですが
    失って得るものというのは 大きいですね。
    改めて また 考えさせてもらいました!
    いつもありがとうございます(*´∀`*)ノ

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