雨の日も楽しめるようにと
お洒落な傘を買った
その傘の中から見る風景は
いつもとは違っていて

煙草屋の看板
生垣の隙間に咲く桔梗
電線で羽を休める鳩
くすんだ空に浮かぶ観覧車

生あるものもないものも
静かに息づいている
小坂を流れていく雨水のように
ゆるやかに時間が流れていく

今もなお煙草屋の看板娘の
髪を束ねた婦人は
さびれゆく街に降る
雨の匂いが好きだと話した

煙草を吸わない僕に
たまには一服も
いいものだよと
一本勧めて火をつけてくれた

煙草をふかすと
煙が雨の中
立ち昇り
やがて消える

僕が煙草を吸っている間に
婦人は昔愛した男のことを
ぽつりぽつりと愚痴を交えながら
淋しそうに話した

アメジストの指輪を
プレゼントされたのと
指元に光る指輪を
そっとそっとさすりながら

その男の人は
今どうしてるの?と尋ねると
遠い昔に自殺したんだよと
ぽつりとつぶやいた

優しすぎたんだね
婦人は力なく笑った
優しすぎたんだよ
婦人はもう一度つぶやいた

僕はそれから
雨が降る日には
煙草を一本吸う習慣がついた
理由はきっとほんのささいなこと

男が自殺したことも
婦人が話をしてくれたことも
僕が雨の日に煙草を吸うことも
忘れようとしても忘れられないことがあることも

街中のさびれた遊園地の
観覧車に一人乗った
雨の日の誰もいない遊園地で
僕は全てが悲しくて泣いた

買ったばかりの傘を
遊園地のベンチの脇に
開けたまま置いて
濡れながら立ち去った

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