紫陽花

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 北側の道路に面した庭先に、大きな株の青の紫陽花が植わっている。弥生はその紫陽花に惹かれて、平屋の築30年の訳あり物件にもかかわらず、犀星との住居に決めた。物件を見に来た時に、この家の主のように青の大輪の紫陽花が咲き誇っている姿を見て、一目惚れしたのだった。それは3年前の6月初め、梅雨入り宣言された日のことである。弥生はその紫陽花にマッケンローと名づけた。犀星も、最初はそのネーミングセンスに驚いたが、ブランコだけある小さな公園の隅の白の立派な紫陽花にはキミコ、通りを挟んで向かいの紫色の紫陽花にはナブラチロワと、気に入った紫陽花には往年のテニスプレイヤーの名前をつける弥生のセンスに脱帽している。その名の通りの姿をしているのだ。

 二人はこの住居をこよなく愛し、少しずつリフォームしながら、自分の住みたい形に仕上げていた。訳あり物件というのは、ここが病院跡の敷地で、夜中に幽霊が出て、住人は不幸な目に合うという噂があるらしいのだが、二人はそんなことおかまいなしだった。弥生は学生時代に大病を患い、辛い目を経験してきたし、犀星は両親と妹を交通事故で失っていて、天涯孤独だったので、幽霊が住人としていたら、にぎやかでいいじゃないという感じだったし、3年住んで、一度も幽霊らしきものに出会ったことがなかった。

 犀星は工場のフォークリフトの運転手として、弥生は派遣社員として働いており、夜は遅くになることはあっても、休日が別々になるということは稀だった。仕事が終わると、二人で食事を作り、マッケンローのいる北側の庭先に、テーブルを出して、晴れの日は食事をとり、天候の悪い日は、軒下で好みの飲み物を用意して、お話しするのが日常だった。

 二人は身を寄せ合うように生きていた。二歳年上の弥生と犀星は姉弟というよりは、妹兄という関係に近く、犀星は一人で生きてきた時間が長い分、しっかりしていたし、弥生は甘え上手だった。

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