好きこそ物の上手なれ

何をしている時が楽しいって、文章を書いている時が一番楽しい。少々下手くそな文章を書いてもへっちゃらだし、自分でいい文章をかけたと思えた時には、快感になる。絵や写真は自分の表現手段としては、向いてないなといつも思う。きっとそれは好きではないから。好きではないから、下手なことを恥ずかしく思うし、上手になろうとしていつも失敗する。自由ではない。

人を好きになることも似ているかもしれない。その人のことを好きになった時に、良いところばかり見せようとしたり、恥ずかしくなったりするのは本物ではないのだと思う。その方を好きである自分を好きになれたり、冷たくされたり、恥ずかしい思いをしたりしても、あまり落ち込まない。人を好きであることに、才能なんていらない。本能だから。もっともっと自由なはずだ。格好良く人なんて好きになれない。

仕事はどうだろう?私には特別な才能はないけれど、ある程度のことはひと通りできる何でも屋であることを誇りに思うし、きっと私には何でも屋しかできない。学生時代から飛びぬけた才能のある学力はなかった。平たく平凡な人間。そういう人材は評価も低いだろうし、適材適所で言えば、最後に残ったパーツで、人の嫌がる仕事や誰にでもできるけれど、人出が足りない場所に回されがちだ。そして、それでいいと思っている。そういう仕事をしたいと思っている。そういう能力をどんどん磨いて伸ばしていきたい。

なんて書いていて、やっぱり書くことは好きだとつくづく思う。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中