期待しない

”期待しない”ということは、”落胆”を生まないから、便利な抜け道だ。それはトンネルに似ていて、何にも見えないけれど、抜け出ると明るみに出る。それは考え方というよりは訓練で身につく”手段”である。しかし、期待されない身となると、やっぱり寂しいものなので、大切な人にはほどほどには期待したいと考えている。愛されてないならそれでいい。太陽に愛されてなくとも、季節が来れば花は咲く。”あきらめる”のとも違う。”受け身に徹する”のとも違う。主体的に種を蒔いて、水をやり、育てるのである。芽が出るものもあれば、出ないものもある。芽が出たものの中から大きく育つものを選んで、肥料をやって育てていくのである。自分の技量を育てつつ、愛を育んでいく。花が咲かなくとも落胆しない。それは期待しないから。花が咲いたら最大限に喜ぶ。それでいい。

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