不完全で不自由

この地球で酸素を吸うために呼吸をして、水を得て、生きている。生物を殺して命を繋いでいる。なぜ、そうしなくてはならないのだろう?その不完全さ故に、この世界で不自由に生き、そして、いつか死んでいく。不完全で不自由であることは、生物にとってどんな意味があるのだろう?

地球の一部として存在して、命を受けている。考えてみれば制約はたくさんある。縛られている。それでも、意識はどこまでも果てまで飛んでいける。過去現在未来、夢からこの世の果てまで、果てと思い込んでいるところまで飛んでいける。それもまた不自由で不完全である。一つひとつ個体は違っていて、同じものは一つとしてない。なぜだろう?解はない。分からない。途方もなくて苦しくて不安に追い込まれることもある。

しかしこの世界は、そんな私にでも、この環境に身を置き、間違いを犯しつつも、幸せに感じられる選択肢を用意してくれている。選択肢は私に委ねてくれている。なぜだろう?こんなに不完全で頼りない存在なのに。

私が幸せに感じられるのは、私の知るところ知らないところで支えられている。そして、こんな私でも、どこかで何かの役に立っている。

それは時代を超えているかもしれない。

しかし、自分が何の役に立っているかは私の知るところでもないような気がする。身近で起きていることを当てはめて、そうであろうと気休めに思ってみることはあるけれど。

私はあと何年生きることができるだろう?どんな死に方をするのだろう?分からない不完全さが私を救っていたりもする。なぜ生きる?どんなに辛くて寂しい時間の中でも、私はきっといいことはあると思ってきた。そして、不思議とその予感は当たる。もう少しだけもう少しだけと思って、生きてきてみた。その一日いちにちの積み重ね、小さな一歩いっぽ。それを続けていきたい。皆様に感謝。

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