底なし沼

底なしという噂の沼があった。近づいた者が足を滑らせて落ち込むと二度と浮かび上がれないと言う。だから誰も近づこうとしなかった。世間から疎まれ危害を加えるからと、誰からも理解されず相手にされなかった男がいた。その男だけは底なし沼に近づいていた。ただならぬ気配で淀み人を寄せ付けない沼であったが、夕刻に欠けた月の現れる頃、水面には月影が映り、揺れながらきらきらと輝く風景はこの上なく美しく、人の魅力も同じで、見た目とか生まれとか気配では測れないものがあると男は信じていた。孤独だったが、精一杯生きていれば、自分のことを分かってくれる人がいつか現われると思っていた。月が残照に光り輝きだしたころから、西の果てへ沈んでしまうまで淵でたたずんでいた。剣のように細い月はこれから満ちてくる。孤独に寄り添い、人と狎れ合うことなく、 月の満ち欠けに合わせて、男は静かに暮らしていた。 

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