底なし沼

底なしという噂の沼があった。街外れの、薄暗い雑木林を抜け、湿地に足を取られながら進んだところ。鬱蒼と茂るミズアオイ、オニバスの向こう側に、鈍く光る沼が横たわっていた。その沼には体長2mを超える主の草魚がいるとされ、うっかり足を滑らせて落ちた時には、もがきながら沈み、二度と浮かび上がれないとされて、誰も近づこうとしなかった。

しかし、夕暮れ時に西の空に欠けた月が輝く数日だけ、その底なし沼に近づき、月が西の果てへ沈んでしまうまで、淵にたたずむ男がいた。

男には家族がいなかった。もちろんお付き合いしている友人や恋人もいず、それどころか醜い容姿と大きな体のせいで、近づけば傷つけられる、暴力を振るわれると世間から疎まれ、男自身も、もともと人付き合いが苦手なせいもあり、ますます世間と距離を置くようになっていた。

貧しさと寂しさに苛まれて自暴自棄になり、自ら命を絶つことを考え、誰にも知られずに死ねる場所として選んだのが、この沼だった。

それは西の空に欠けた月の輝く10月の夕暮れだった。男は涙こそ流さないものの、青白い顔でうつむいたまま、足元泥だらけになり、薄汚れたズボンや服に、オナモミやコセンダングサをくっつけて、沼にたどりついた。何も考えられなかった。このまま生きながらえていたとしても、きっと何もいいことなんてない。昔あった出来事すらも、何も思い出せそうになかった。一つ思い出せたことがあって、それは幼い時に母に抱かれて見上げた天の川の美しさだった。しかし、空が汚れた現在では、それも幻であるのかと思わざるを得なかった。

意を決して、沼に足を一歩踏み入れた時、足元に月影が映っているのが見えた。いつの間にか涙目になっていたのかと、男は目をこすって、改めて見直してみると、そこには残照に揺れて、やや赤みがかった金色の欠けて剣のような月が、水面でゆらゆらと揺れていた。両手で水をすくい上げてみると、零れ落ちる水の中で、美しく光っていた。男は何度もなんども繰り返して、水をすくい上げては、月を見つめてみた。月がこんなに美しいなんて、一生のうちで考えたこともなかったし、それは感動というよりは驚きだった。

まん丸の月でもなく、欠けた月は自分のようでもあり、何だか涙がこぼれてきた。

ふと我に返ってみると、秋の虫たちが一斉に鳴いていて、幾重にもいくえにも輪唱して響いていた。それはとても美しい光景だった。

男は沼から這い出て、ほとりでしばらく過ごした。月がキラキラと光り輝く姿は、今まで生まれてから見た光景で一番美しく、男の心を動かしていた。死のうと思ってやってきた沼であったが、死のうと思う気持ちは心になくて、無心だった。月の姿が消えてしまうまで、眺めていた。その時間の中で、男は生きる希望を見出していた。

男はその帰り道、どこでもいい。自分を必要としてくれるところで働いてみようと思った。何か取り柄があるわけではない。何にも持ってない。持っているのは病歴だけ。ここから身一つで頑張ってみようと思った。

ハローワークに行くことが怖かった。自分のようなものにきちんと仕事を見つけてくれるのか不安だった。何か定職についていたわけではない。そんな自分に仕事を見つけてくれるだろうか?
ハローワークには資格を持っている方がいて、丁寧に話を聴いてくれた。仕事は何でもいいという自分に、適職を見つけてくれた。何度も通って話を聴いてもらっているうちに、自分は何がしたいのか、どんな夢を心に抱いているのか見つけることができた。人付き合いが苦手で、人から疎まれた過去があるが、意外にも人とのやり取りがしたいのだと気づかされた。それで小さな自転車屋が後継者がいなくて、近々店をたたむので、そのあとを継ぐことになった。街中の高校がいくつか密集してある場所での仕事。不安があるわけではなかった。でも、挑戦してみることにした。自転車は小さい時から現在まで、パンクの修理も小さな修理も全部自分でしてきた。

引継ぎ期間は2ヶ月ほどあるということで、店主の方が丁寧に教えてくれた。こんな私にでも丁寧に教えてくれた。意外にも自分は、この仕事に興味を持ち、お客様ともうまくやりとりできて、続けられそうなことが見えてきた。最初の不安は、少しずつ解消されて、収入は少ないけれど、お客様ともうまくやれて、人付き合いが苦手だからこそ、控えめで信用を得るのだと店主の方からも褒めていただけた。

その間も、仕事が終わると、月暦を見て、欠けた月の出る天気のいい夕暮れには沼まで月影を見に行った。それが自分の原点だと思ったし、その美しい光景が好きだった。いつか大切な人が自分にもできたら、連れて行って一緒に見たいなと思った。人から疎まれて悪い評判になっていたとしても、実際に近づいてみると、そうではないことも多い。それは風景でも、人間でも同じであると今では信じられる。

自転車屋でパンクを直したり、故障した自転車を直す作業は、自分の過去を直しているような作業でもあり、お客様からも喜ばれ、とても気に入っていた。パンクした時には電話をかけてもらえれば、取りに行きその場で直して送り届けたりもして、次第に評判を得るようになった。あの時に死なずにいて、本当に良かったなと今では思う。

ある冬の夕暮れ時、遅い時間の店をたたむ時に、自転車屋にパンクの修理の依頼が来た。その時には、沼に月を見に行きたいと思っていたので、断ろうかと思っていたが、パンクの修理の依頼を受けた。困ったことに前タイヤも後タイヤもパンクしてて、誰かのいたずらでサドルもナイフで傷つけれらていた。50代の女性で、男と同じぐらいの年齢だと感じていた。男は不安そうにしている女性をソファーに座らせて、ココアを注いでその場で待たせた。男は手際よく、タイヤのパンクを直し、サドルを新しいものと取り換えて、簡単にブレーキなども直した。1時間ぐらいはかかっただろうか?女性はソファーで眠り込んでいて、そっとストーブを焚いて、起きるのを待った。男は他にも作業があるので、店で用事をこなした。

女性は眠り込んでいたことを申し訳なさそうに何度も謝っていた。そして、お礼を言い、お金を支払おうとしたら、財布を忘れていたらしくて、払えない。女性は名刺を置いて、明日必ず持ってきますと、狼狽しながら自転車に乗って帰った。

渡された名刺を見て、これも月夜の晩だからと、何事もなかったように、男も自宅に戻った。

それ以来、女性はことあるごとに自転車屋を訪ねてきた。新しい自転車を買い、客を連れてきて、パンクの修理も依頼した。それは自転車にかこつけて、男に会いに来ているとさえ思えた。特に何か特別な会話をしたわけではない。自転車の修理の仕方やパンクの修理も習っているうちに、いつの間にか男の相棒になり、いつの間にか妻になっていた。

男は自分の過去の話や自殺しようと思って沼に近づいたこと、その沼に映る欠けた月が美しいことを話し、共に二人で沼で欠けた月を眺めたこともあった。女も自分の過去の話をたくさんしてくれた。

自転車屋は大きな売り上げこそはならなかったが、二人が細々と暮らしていくには十分な儲けがあった。そして、街の高校の学生さん、労働者にとって、欠かせぬ自転車屋になっていた。

沼は街の開発の手からは逃れて、いつまでも怪しく淀み、美しい自然を残しつつ、存在していた。

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