104歳の祖母の死

2020年6月29日午後、104歳の祖母が老衰で亡くなった。最期は親族数名に見守られながら、病院で息を引き取った。

一週間前、危篤になった時に、まだ目を開けたり、意識のある時に、祖母に面会に行けて、最後のお別れもできたし、私自身、長い期間かけて、ゆっくりと時間かけて、語り合い、祖母から受け継いだ生き方を学んできたため、涙も出なかったし、苦しまずに息を引き取れたので、良かったなと感じた。

私の胸の中に、しっかりと祖母の魂や意思が息づいているので、淋しさはない。温かく優しいぬくもりを感じる。

コロナの影響で長い間病院にお見舞いに行けなかったので、寂しい思いはさせたと思っている。それまでは私の精一杯の独りよがりの愛情を受け止めてくれて、成立していた優しい時間。

病院のベッドで、ホカホカの焼き芋を分け合ったり、アイスのピノを祖母の口にそっとふくませたり、思い出話をたくさん聴かせてもらって、大切な時間をたくさん過ごせた。

大学卒業とともに非定型精神病を患い、世捨て人のように過ごしていた私の未来をずっと信じて、見守ってくれた祖母。そんな私が20年後ぐらいから、ようやく社会に出て、本格的に働けるようになったのは、祖母のお蔭でもあるし、とても感謝している。大人になってもいつまでもお年玉をくれて、いくら偉そうな顔をしたくたびれた大人でも、祖母の前ではいつまでも頼りない男の子の孫のままでした。でも、最後の数年間で、ちょっとは恩返しできたと思っている。

感謝の気持ちを込めて、祖母を見送りたい。私は悲しみません。いつもそばでいてくれています。

亡くなった時に着せる着物も自分で縫って用意していたそうだし、数年前に形見も頂いていた。着物を縫って、生計を立てていた祖母が、着物を縫う仕事につく10代の時に両親に買ってもらった裁ちばさみ(研ぎすぎて切れない)と、お酒を飲まないけれど大切にしていた酒器を、祖母が私にと選んでくれたものをそのまま頂いた。それには祖母の意図と託す意味があった。あと、病院に入院していた時にたくさん作った折り紙細工。大切にします。

本当に長い間、お疲れ様でした。祖母の孫で幸せでした。ありがとうございました。

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