祈りながら

人の喜びを自分の喜びとして、素直に感じられる人でありたい。人間、天邪鬼にできているから、否定的な見つめ方をしてしまうものだけど、それを打ち破るエネルギーをもってして、じんわりと喜びを感じ、選び抜かれた言葉で、表現したい。

人の悲しみにそっと寄り添える人でありたい。冷たい水で溺れている人がいたら、そっと浮き輪を投げて、岸辺で焚き火をたいて、いつまでも待っていたい。いつまでもいつまでも待っていたい。岸から上がってきた時に、タオルで体を拭いて、温かなスープを出して、身体の中から温まってもらいたい。溺れてしまうのを助けることができるだけの力量は私にはない。そのことを肝に銘じつつ、祈りながら待っていよう。

人の努力を見つめているなら、近くに遠くに距離を見計らいながら、そっと応援できる人でありたい。身銭を切れることがあるなら、進んで応援したい。そして想いを共有し、語り合いたい。羽ばたいて行ったら、それを喜び、再び帰る場所を用意して、身を休める場所にしておきたい。

人生長くて100年。私はどれだけのことができるだろう。甲斐のないことしかできなかったなと言う想いを胸に抱きながらも、今できることを精一杯やっていきたい。

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